水田農業を主体とするこれまでの日本の農村は、永年にわたる農林業生産と生活の営みの中で、自然とうまく共生しながら「二次的自然」と呼ばれるような豊かな環境を育んできました。しかし、1960年代以降の農業・農村構造の急激な変化や農業技術の近代化によって、農業の生産性や農業者の生活は大きく向上したものの、農村地域の豊かな自然生態系や生物多様性の劣化が進み、その重要な構成要素であるビオトープは次第に失われてきました。とくに近年、この農業生産性向上と自然生態系やビオトープ保全との矛盾が顕在化し、今後の農業生産や農村環境を考える上で、この問題の解決は避けて通れない農政上の需要課題となり、最近では農林水産省も環境省等とも連係しつつ、土地改良法の改正・農業環境3法・自然再生推進法などの関連諸制度を整備し、農林地域の自然環境保全に対し積極的な取組を始めています。
ただし、昔に比べ、ここまで日本の社会経済構造が変化し、農業・農村自体も大きく変貌してしまった現在、今さら生産性の低い昔のような農業形態に後戻りしたり、全ての農村をかつての「二次的自然」状態に戻すことは、現実的には困難といえるでしょう。今後は、まだ農村に多く残されているビオトープなどの自然環境を極力、保全・修復するとともに、関係者の発想の転換と新たな技術開発によって、農業生産性が高くかつ自然環境にも恵まれた、いわば「三次的自然(新しい二次的自然)」ともいうべき新たな農村環境の創造をも視野に入れた努力が必要と思われます。
日本農村の原風景ともいわれる「二次的自然」は、その自然環境や景観としては大変すぐれたものが多く、今でもそれが維持・保全されている地域や地区も少なくありません。
また、溜池・小川・水路・湿地・耕作放棄水田など、部分的にはビオトープ等の自然を復元できる場所も多く、すでに各地で始められている農村環境整備関連諸事業やNPO等の諸活動を通じて、この残された「二次的自然」の保全・修復に努める必要があります。
また、今後とも農業生産性向上のためにその推進が必要な農業農村整備事業は、主として農地・農村の環境を物理的に改変する行為である以上、農村地域の自然生態系などに一定の影響をあたえることは避けられないでしょう。しかし、圃場整備などは、農村の主要部分である農地を面的に整備する事業であり、生態系保全にも配慮した新たな技術体系や事業制度を開発・導入するなど、その工夫次第によっては、農業生産性も高くかつ自然環境も一定の水準に保持された、「三次元的自然」ともいうべき新たな農村環境を創出する上で、大きく貢献できるものと思われます。
この「三次元的自然」のイメージとしては、例えば一つの集落(旧村)程度の拡がりの中で、農地には生産性の高い高度な捕場整備を行うとともに、その整備地区の中や周辺には、従来から棲んでいた野生の動植物等が生息・移動し易いような水路・農道・畦畔・溜池・河畔林・親水施設などのビオトープを適切に配置し、その地域全体としては、豊かな生態系・生物多様性や景観が保持されるような、新たな農村空間を創出することが考えられます。
先に行われた土地改良法の一部改正(平成13年6月)において、その第1条(原則)に事業実施に当っての「環境との調和への配慮」が明記されたことは、今後の農業農村整備事業における環境関連の新たな事業展開を可能とし、以上述べてきたような新しい農村環境、とくにビオトープの保全・復元・創出などの仕事が加速・拡大し、これまでに蓄積された知見や技術の活用の場が一層広がることが予想されます。
なお、このような農村地域におけるビオトープ等の保全・整備に関与するに当たっては、対象となる土地や水などが農業生産と密接不可分の関係にあること、原則的には事業費に農家負担が伴うことなど、一般の都市地域におけるビオトープ関連事業などと基本的に異なる点も多いので、これらを十分踏まえた上での協力が求められるでしょう。
あと10年も立てば、余り見かけなくなっていたトンボ・ホタル・メダカ・ドジョウや水草などが、全国各地の農村で復活し、農業生産性が高くかつ自然も豊かな田園風景が見られるよう期待するとともに、お互いにそのための協働を重ねたいものです。
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