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日本ビオトープ協会誌2003ビオトープNo.13

技術者として農村ビオトープに取り組むとき

協会正会員 株式会社テクノグリーン
関岡裕明
(技術士(建設環境))



1.農村ビオトープの意義と課題
 週末、いつものように田んぼの水路に魚釣りに行くと、いつものその川はなくなっていた。それ以後、田んぼの作業は格段に楽になった。乗用のコンバインが使えるようになり、ハサ掛けの必要もなくなった。しかし、20年以上経った今も、その川にナマズは戻らない。

 環境基本法(1993年法律91)に生物多様性を確保する旨が盛り込まれ、2002年には新・生物多様性国家戦略が策定されるなど、生物多様性の保全は、様々な主体の重要な施策課題の一つとして位置づけられるようになった。2000年に環境庁(現環境省)から発行されたレッドデータブックには、約7,000種の維管束植物のうち23.8%が絶滅危惧種としてリストされた。そういったことからも、上記の取り組みが急務であることは明らかであろう。

 里地里山は、都市域と原生的自然との中間に位置し、人の様々な働きかけを通じて形成されてきた地域である。絶滅危惧種が集中して生息・生育する地域の5割が里地里山に分布するといわれており、里地里山は、生物多様性保全の上で重要な地域であるといえる。

 里地里山の重要性が認識されるようになったことは、歓迎するべきことである。しかし、里地里山の動植物の保全事例は、まだ多くはないか、あるいは技術的な整理が十分なされていない。そこで、実際に保全の場に直面したとき、空間的なモデルを得ることが困難であるため、「どのように技術的に対処すべきか?」、という課題が生じる。この課題を解くために、少なくとも、次の二つのポイントを整理するべきであると思う。


「中池見 人と自然のふれあいの里」 -5月-

それは、
@保全を図ろうとするエリア全体のコンセプト(=保全目標)の設定・・・空間デザイン
A保全を対象としている種の生態を考慮した保全手法の整理・・・保全目標種群の保全手法の2点である。


2.取り組みの事例
 筆者は、福井県敦賀市中池見において、耕作放棄水田での動植物保全に技術的立場から関わる機会を得た。ここで、里地里山の保全事例として紹介したい。
中池見は、昭和30年ころまでは水田耕作が営まれていた。しかし、減反政策以降徐々に耕作放棄が進み、放棄後は、植生遷移にともないヨシやマコモなどの高茎草本の優占する群落が急速に拡大した。一方で、中池見の一部に「中池見 人と自然のふれあいの里」が設けられ、平成9年より耕作放棄水田の多様な動植物の保全が図られている(詳細は中本(2002)、下田(2003)参照)。

 保全計画の設定に先立ち、まず、保全の対象となる動植物の種群の生態的特徴が整理された。ここで保全しようとしている種群は、デンジソウやミズアオイなど、その多くはかつて害草と位置づけられていた水田雑草や、ゲンゴロウやチュウサギなどの水田をおもな生息地とする動物である。したがって、これらの種群の保全には、積極的に人が関わる保全手法がとられるべきであると判断された。


デンジソウ(デンジソウ科) -4〜10月-
かつての強害草は、今は「絶滅危惧種」


すなわち、里地的な景観要素の中に動植物の保全を位置づけることが適切であると考えられた。そこで、エリア全体の整備にあたっては、地元敦賀の原風景の保全をコンセプトに、昭和30年頃の、人と自然との関わりを再現しながら多様な動植物の保全を図ることが保全計画として設定された。


田起こし -4月-
田んぼの雑草を保全するための維持管理作業

 次に、個別の保全目標種群の保全手法については、@従来の営農作業に準じた維持管理作業の実施と、A池沼・水路など環境基盤整備の2つの手法が採用された。@は、田起こしや水路の草刈りなど農作業に準じた作業である。田起こしは、一見、植物の生育地の破壊とも映るが、かく乱的要素を生育地の環境にとりこむ種群には必要な要素である。その他、ヨシやマコモなどの高茎草本の選択的除草、水路や畦の除草などの維持管理作業が行われ、デンジソウやミズアオイなど、草丈の低い希少な植物の生育地が確保されている。

 Aは、トンボ類やゲンゴロウ類を始めとする水辺にすむ動植物の生息環境の拡大を目標として整備された。池沼の造成にあたっては、まず、保全目標としている種群の生息・生育している立地環境が調査され、次に、調査から得た目標種群の生態的特長のパラメーターが計画・設計に用いられた。「ビオトープづくり」として造成されるため池の他事例をみると、形状の複雑さと審美性をもとに設計されている場合が多いように見受けられる(もちろん、それも重要である)。一方、ふれあいの里で整備された池沼は、現地調査結果をもとに目標種群が設定され、かつ計画・設計にリンクしているため、整備プロセスの点から合理的であると思う。
これらの取り組みにより、ふれあいの里においては、毎年、目標とする保全の状態を良好に維持していることがモニタリングから明らかとなっている。

 一方、維持管理を実施しないエリアでは、これまでに、ミズアオイやミズトラノオなど多くの水田雑草由来の絶滅危惧種は、遷移の進行とともに消失したか、個体数が大きく減少した。これは、新・生物多様性国家戦略でも指摘された「第2の危機−自然に対する人為の働きかけの減少撤退による生物多様性の危機−」に位置づけられよう。このことからも、「保全=人手を加えない保存」とするのではなく、自然環境の保全は、保全対象の姿を把握した上で取り組むべきであると考える。

 ふれあいの里での取り組みは、営農作業に依存する種群の保全に有効であった。一方、アメリカザリガニによる食害(関岡ら,2000)が発生し、新たな課題も発生している。これについては、別な機会に報告したい。



池沼の整備
多様な動植物の生息場所としての基盤整備


3.農村ビオトープの今後への期待
 平成13年に土地改良法が改正され、耕地整備等にあたっては自然環境に配慮する旨が法にもり盛り込まれた。失われた里地里山の自然環境のシステムを復元するためには、ビオトープの整備の役割は大きいと思う。しかしこの時、その場のデザインに終始するのではなく、「その地域のランドスケープづくり」という視点を忘れてはならないと思う。今後は、本物のビオトープづくりによって、かつて見た豊かで美しい里地里山のランドスケープが復活できることを期待したい。

 再度私事で恐縮であるが…、21世紀を迎えた年、私は第一子に恵まれた。最近ひとりで歩き始めた彼とその世代に、私は、親として、技術者として、何を伝えることができるだろうか?

【参考・引用文献】
中本 学(2002):「敦賀市中池見の農村ビオトープ」,ビオトープの管理・活用(杉山恵一・重松敏則編),朝倉書店
下田路子(2003):「水田の生物をよみがえらせる」,岩波書店
関岡裕明・下田路子・中本 学(2000):「中池見における水田雑草保全のとりくみ-3年間のまとめ」, 水草研究会 71:10-16


 
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