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日本ビオトープ協会誌2003ビオトープNo.13

−トンボ−
「生態技術者」としてトンボをみる眼を養う 



和歌山大学教授
養父 志乃夫


1. はじめに
 弥生時代の銅鐸にトンボの姿が刻み込まれ、神武天皇のお言葉に「大和の国見 アキツのとなせめる如し秋津島(蜻蛉の国)」とあるように、古来から「トンボ大好き人間」がたくさんいたようである。南北に長い日本には180種を越えるトンボの仲間が棲んでいる。このうち多くの種類が、日本人の主食である米を作る田んぼづくりと密接に関わってきた。田んぼは、ヒトが造成した二次自然である。

  田んぼに必要な溜池、田んぼに水を引く水路、水田地帯を水害から守り、生産物資を運ぶための運河、これも二次自然であり、すべてヒトが作った自然なのである。トンボの生息環境を復元し、修復するための技術力を養うためには、農薬や機械に頼らず、水田の構造改善事業にみられる近代農業土木の影響が少ない昭和30年代までの田んぼづくりのわざに学ぶところが大きい。この余韻が残る谷戸の水田や休耕田、中小の溜池、水路に出かけ、先達の教えを直接聞きながら、本当の生息地の姿やトンボの生態をつぶさに観察すること、この行動力がすばらしい日本の自然環境を守り育てる技術へとつながっていく。

2. 二次的な自然環境に生きづくトンボ類
 平野から丘陵部の二次的自然としての水域に生息するトンボは、表1に整理した通りである。実に沢山の種類のトンボが稲作と密接にかかわる水域とその周辺に生息している。これらの実際の生息地に、傷んだ生息環境を修復したり、新たに創出するためのヒントがかくされている。

3.溜池からみたトンボの生息環境の修復技術
 溜池をトンボの眼からみてみよう。溜池の植生タイプにより定着するトンボの種類や密度が異なるし、植生タイプ毎に育成手法が異なる。水面を全面に覆うまで水草が繁茂した溜池は、トンボやタイコウチなどのように、上空を飛翔する水生生物に対しては、草原として認知される。このため、修復地で水生植物が密生状態に繁茂すると、水生生物の生殖活動やサギなど捕食者の飛来が抑制され、その場所が繁殖環境や生息環境として機能しないことになる。

 修復した溜池を、将来、どんな環境条件に導くのか?
次に示したような植生タイプを参考にして、修復地における植生の育成計画図書を作成する必要がある。面積が広い場合には、ゾーンを設定し、いくつかの植生タイプを組み合わせることも検討する。溜池の竣工後、作成した育成計画に準じて、育成管理の作業を実施する。溜池や水田、湿地、流れなどの修復方法についての詳細は、小著「荒廃した里山を蘇らせる−自然生態修復工学入門−」(農文協刊)を拝見ください。

 溜池で育成する植生タイプの例は、つぎの@からFのように整理される。すべてのタイプの刈払いや根茎の除去、間引き作業は、一度にすべての範囲を行うのではなく、対象地を区画に分けて、実施箇所での植生の回復が進んでから他の区画の作業を開始する。これは、トンボや水鳥などの生息環境を維持しながら作業を進める必要があるためである。

 また、刈払いや根茎の除去、間引きは、原則的に人力で行い、刈屑や除去した根茎は場外処分する。これらの作業実施時期は、晩夏期〜秋期が適期である。多年生の水生植物の多くは、この時期に根茎へ栄養分を蓄積するため、茎葉と地下茎を取り除くと繁茂を抑制する効果が高い。ただし、修復の現場においては、周辺の土地利用やその場所の気象や土地条件、実際の植生や生きものの生息状況に応じた「手加減」が大切である。この「手加減」をうまく使いこなせるようになれば、その技術者はしめたものである。

@ヨシ・マコモ・ガマ全面密生型
 トンボや鳥類など風雨時の避難場になる。面的な広がりのあるヨシの密生地は、オオヨシキリの営巣地としても有効である。群生地に対し数年以上放置し、4〜5年に1回に可能な限り手刈りで刈払いする。

Aヨシ疎生型
 キイトトンボ、チョウトンボ、コフキトンボ、ヨツボシトンボ、キトンボ、ネキトンボ等の生息地、カイツブリ、バンの営巣地となる。ヨシの群生地に対して、毎年6〜7月(梅雨)と秋期(9月)に2回程度、手刈りで刈払いする。刈屑は敷地外処分する。この刈払いを毎年継続することにより、次第に水面上におけるヨシの茎葉の密度が低下し、u当たり5〜10芽程度になる。

Bヨシ・ガマ密生群落塊在型
 面積が広い場合には、コガもやヨシガモ、ヒドリガモなど各種カモ類の餌場や隠れ場になる。ショウジョウトンボやヨツボシトンボ、アオイトトンボなど各種トンボ類等の生殖活動場所となる。また、クロスジギンヤンマ、マルタンヤンマ、アオヤンマ、ギンヤンマなど、ヤンマ類の生息地や、カイツブリ、バンの営巣地となる。開放水面のなかに直径1〜10m前後のヨシやガマなどの群落が塊状に点在するタイプである。

 BとつぎのCの植生タイプの育成管理は、ほぼ同じである。ヨシやカキツバタ等の群落において凹状に茎葉と地下茎を残し、他は人力で掘上げ除去する。現地では、2〜3年に1回程度、凹型をした群落の端から伸張した根茎を除去し、茎葉に対しては、1〜2年に1回刈払いする。

Cカキツバタ塊在型、アギナシ・イ塊在型

 モートンイトトンボ、キイトトンボ、ショウジョウトンボ、ノシメトンボ、マユタテアカネ等の生息地となる。開放水面のなかに直径1〜10m前後のカキツバタやアギナシなどの群落が塊状に点在するタイプである。

Dヒツジグサ・ジュンサイ・ヒシ等浮葉植物疎生型

 水面に浮葉植物の葉が点在して浮かぶ植生タイプである。水面の浮葉は、セスジイトトンボ、オオイトトンボ、クロイトトンボなど、イトトンボ類の生殖活動に使用される。水底の土中に根茎を張り、水中に茎を伸ばして水面に葉を浮かべる水生植物が中心になるため、水深30〜50cm以上の水域が対象地となる。
 育成管理では、池面の植被率が60%以下になるよう2〜3年に1回、晩夏期〜秋期に間引きを行う。新芽が食用となるジュンサイの間引きは、初夏から晩夏が適期である。浮葉植物が密生すると、昼間、水面を覆って水温を上げず生きものや植物の成長を遅らせる。

 また、水中に太陽光を通さないためクロモやタヌキモなどの沈水植物の成長や水生生物の餌となる植物性プランクトンの発生を抑制する。さらに、夜間、水面に密生化した浮葉植物の呼吸により水中の溶存酸素が激減し、水生生物の呼吸や水底の水草の種子発芽などに支障をきたす。

E浮葉植物・抽水植物疎生混生型

 このタイプは、CとDの中間型である。両方を選択する水生生物の誘致に効果がある。いずれの植生タイプの場合も、密生化しないことが重要である。育成管理もCとDの併用で行う。

F開放水面型
水深が深く水が貧栄養であるため、水面上に植物群落が存在しないか、あってもごくわずかな水域を指す。オオヤマトンボ、ウチワヤンマなどのように、この条件を選択する水生生物も存在する。2〜3年に1回、ボートに乗って人力により定着した水生植物の根茎、枝葉を除去し、水面全体に対する水生植物の割合を10〜20%前後まで減少させる。

4. 生態技術の「技術化」に向けて−むすび−
 自然環境を育むうえで、計画・設計・施工・管理者自身が、最低限、自覚しておくべき前提条件を整理するとつぎのようである。@自然環境に対する基礎知識と技術、経験を修得していること、A地域の自然環境の水準を認識でき重視できること、B周辺の自然環境とのビオトープネットワークを認識でき重視できること、C一定の生態技術に関する教育を受け全国レベルで通用する技術ライセンスを取得していること。

 この前提条件が満たされなければ、土、水、木、石をもとに、対象地の立地条件や遷移の状態、季節、昼夜によって大きく変化する3次元空間を形成することはできない。要は生態系が自然形成されるように、生きもののすみかを作り出すことである。生きものは「うそ」をつかない。種毎に異なるレンジを越えた環境を形成した場合にはすみつくことは無い。既存の文献や知識だけをもって卓上のみで自然環境を計画、設計することはできない。コンクリートの二次製品を使って道路や橋梁を造るのとは意味が違う。

 この前提条件が満たされないまま設計や施工が実施された事例があまりにも多い。このような問題が発生する原因として、計画・設計・施工・管理者がこれまでの土木や造園の分野の技術者に限定され、「生態工学」を知識、技術ともに十分修めていないからである。生きもの技術「生態工学」を教授する教育機関が皆無に近い。計画・設計や現場での施工等に対し、専門的知識と技術経験を有する生態技術者の養成が急務といえる。


表1,平野から丘陵部の二次的自然としての水域に生息する主なトンボ

a. 開放的な平地の水田
アジアイトトンボ、ギンヤンマ、アキアカネ、ノシメトンボ、ウスバキトンボなど<産卵形式からの水田の環境条件の種類による使い分け>
   @シオカラトンボ、ウスバキトンボ:稲が茂る前の開放水面に打水産卵 Cノシメトンボ:稲刈り後の乾田の低茎草地に打空産卵
Aナツアカネ:稲刈り前の稲穂の上から打空産卵 Dギンヤンマ、アジアイトトンボ:稲が茂る前、水生植物の生体組織内等へ
Bアキアカネ:稲刈り後の湿田の泥水地に打泥産卵               産卵
b.  棚田や谷戸の水田
アジアイトトンボ、オオアオイトトンボ、ホソミオツネントンボ、ギンヤンマ、シオカラトンボ、アキアカネ、ノシメトンボ、ナツアカネ、マユタテアカネ、ヒメアカネ、カトリヤンマなど
c.  中小の谷戸溜池
 キイトトンボ、アジアイトトンボ、セスジイトトンボ、オオイトトンボ、クロイトトンボ、アオイトトンボ、コバネアオイトトンボ、モノサシトンボ、ホソミオツネント
ンボ、トラフトンボ、オオヤマトンボ、タカネトンボ、アオヤンマ、ギンヤンマ、クロスジギンヤンマ、マルタンヤンマ、オオルリボシヤンマ、ヨツボシトンボ、シオカラトンボ、オオシオカラトンボ、ショウジョウトンボ、アキアカネ、マユタテアカネ、リスアカネ、コノシメトンボ、ナニワトンボ、キトンボ、チョウトンボ、コシアキトンボなど
d. 中小の皿池
ホソミイトトンボ、オツネントンボ、アオヤンマ、ギンヤンマ、ベッコウトンボ、アキアカネ、ノシメトンボ、キトンボ、オオキトンボ、マダラナニワトンボ、チョウトンボなど



 
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