天然の湖だけでなく、ダム湖やため池のような人工の水域も含めて、湖沼環境における沿岸帯ビオトープの保全と創出の課題について考えてみよう。
湖における野生動植物の生育・生息環境は、大きく沖帯の開水面と沿岸帯に区分することができる。湖であれば、その成因のいかんにかかわらず、広い開水面を持つのが一般であり、面積においても水量においても、この部分がその水体の大部分を占めることが多い。しかし野生生物の生育・生息環境或いはすみ場としての重要性からみると、沿岸帯は沖帯にはるかにまさる存在意義を持っている。
沿岸帯というのは、季節的な水位の変動や波浪などによって湖水の影響を直接に受ける水際の陸域から、水中の側では、水生植物の成長に生育必要な量の太陽光が届く水深までの地帯を指している。
このような沿岸帯には、植物の生育のための環境条件の変化に応じて、陸側から水中に向かって、典型的には、水辺林、湿生植物、抽水植物、浮葉植物、沈水植物などの植生帯が発達して、全体として多様な野生動物の生育環境あるいはさまざまな階層のすみ場を提供する。その大要を示したのが下図である。
O: 営巣・産卵 Y: 幼体の生活 A: 成体の生活 R: ねぐら・かくれ場
この図から判るように、湖の沿岸帯は、極めて多様な野生動植物に生育と生息の場(環境と空間)を提供してくれる、湖にとっては最も重要なビオトープであり、このようなビオトープをもつ水体が存在することによって、その地域全体の生物の多様性も著しく高まるのである。
沿岸帯は、湖岸に遠浅の沖積地形をもつ湖によく発達する。しかし、このような湖でも、治水・利水のための湖岸堤の建設や水位操作、湖水の著しい富栄養化による透明度の低下、湖底の浚渫などによって、その規模や生態的なはたらきは著しく低下する。特に湖岸堤は、法線が沖側に設定されるほど沿岸帯に致命的な損傷を与える。また、人工的な湖であるダム湖は、わが国では多くの場合山間の谷につくられるので、その地形から良好な沿岸帯の発達は望めないばかりでなく、仮に湖岸の一部に緩傾斜の地形があったとしても、治水と利水のための大きな水位の変動が、安定した沿岸帯の発達を不可能にする。
このようなわが国の湖の沿岸帯ビオトープの現状からみて、まず天然湖沼においては現存する沿岸帯の保護と保全、失われた部分の回復が重要な課題になる。また、もともと沿岸帯が発達し難いダム湖においては、さまざまな土木工事に関連して、水際線付近に緩傾斜の地形を創出するか、あるいは適当な湖内地形を利用して瑚内堤を設け、さらに水利を工夫するなどして年間を通して安定した水位が保てる遠浅の水際帯をつくって沿岸帯ビオトープを創出すれば、人造湖の環境の質を高めるばかりでなく、地域に生息する生物群集の種の多様性にも大きく貢献することになる。
近年、わが国でも、各地でこのような工夫と努力が行われるようになり、一部では成果をあげているが、複雑多様な地域特性をもつ日本の国土においては、土木と生態学の両分野の専門家の協力によって、その地域と事業の特性に応じてさらに基礎的・総合的な検討を必要とする段階にある。
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